真の英雄は英雄であることを知らない(@15時17分、パリ行き)

電車のホームに落ちた人を助けようとして、会社員の●●さんがお亡くなりになりました。」とか、

新幹線で刃物を振り回した人を制止しようとした●●さんがお亡くなりになりました。」というニュースを耳にしたことはありませんか?

自らの命を投げうった人は警備員でも警察でもなく、偶然そこに居合わせた一般人だということも珍しくありません。

もし一番大事なものが自分の命なのであれば、危機を目の当たりにしたときの合理的な行動は「逃げる」とか「無視する」のはずです。

しかし一部の人間は、まさに自分の命をなげうってでも、見ず知らずの他人の命を救おうとするわけです。

あなたは危機に直面した時どうしますか?危機に直面した時に他人を助ける心境を想像することができますか?

そのようなことを深く考えるきっかけとなる映画として今回紹介したいのは、「15時17分、パリ行き」という映画です。

15時17分、パリ行き【予告動画】

MEMO

監督はクリント・イーストウッドです。作品は、本当にあった事件をベースにしています。また主演の3人は、事件に遭遇した当事者本人です。キャッチコピーは「その時、3人の若者が乗ったのは運命の列車だった。」

どんな人におススメ?

この映画は「真実の瞬間とは?」という点について深く考察しておきたい人におススメです。

また人間の強さとはどのような点にあるのか?正義とはなにか?という普遍的なテーマについて考察を深めることもできると思います。

さらに目標を見失っている人や、「わたしって、頑張っても何もできないような気がする!」と閉塞感を感じている人にもおススメしたい映画です。

こんな人は観るべき!
  • 真実の瞬間に備えたい方
  • 人間の強さを知りたい方
  • 正義について考えたい方
  • 就職に悩んでいる方
  • 目標を見失っている方

気ままな解説!

ココから先は、管理人の気ままな解説です。友達と映画について語るようなイメージで読んでくれたら嬉しいです。

ネタバレ警報

ここから先はネタバレを大きく含みます。映画を視聴した後に閲覧することを強くおススメします!

真実の瞬間

映画は実話をベースにしており、主演の3人も「本物」です。演技がとても自然なので、スムーズに映画の世界に入ることができました。

あまりにも日常のシーンが自然だったので「あれ?見る映画間違えたかな?」と思うほどの高いリアリティーに圧倒された人も多いと思います。

だからこそ、「日常生活」と「真実の瞬間」との対比が見事だと感心しました。

日常生活のなかに突如として浮かび上がる「真実の瞬間」に、まさに立ち会っているかのような感覚は「貴重」の一言です。

今回わたしが一番印象に残ったのは「スペンサーGO」という言葉です。この言葉は、テロリストに立ち向かう瞬間に、スペンサーの頭のなかで発せられた言葉です。

さて、この言葉は誰のコトバだったのでしょうか?わたしはまさしくこの言葉こそが「神のコトバ」だと思いました。

冷静になって考えてみてくださいよ。銃をもったテロリストに立ち向かうんですよ?

映画では感動の実話のように描かれていますが、一歩間違えば電車内のほぼ全員がテロリストにぶっ殺されていた未来もありえたわけです。

自らの損得勘定に照らして考えれば、「逃げる」のが合理的な判断です。命を落としたら、取り返しがつきませんから。

だから逃げるわけです。『誰かがなんとかしてくれるはず』と祈りながら。

テロリストに立ち向かったスペンサーは、アメリカ人です。事件が起こったのはアムステルダム発パリ行きの電車でしたから、電車の乗客はアメリカ国民ではありません。ですから「国を守る」ためにという大義があったわけではないでしょう。

またアメリカ国内では、米国兵が戦争でなくなることに敏感です。(だからドローンが開発されたのです!)

要するに、テロに立ち向かう時にスペンサーの頭のなかで発せられた「スペンサーGO」という言葉は、みずからの損得勘定、軍隊の論理、国家の論理を超えたものだったのです。

わたしが「神のコトバ」だと表現したのは、「少なくとも国家の論理を超えている」という意味でつかっていることにご注意ください。(わたし個人は神様はいないと確信しています。)

あなたは子どもの頃、「天国の先祖様がみてるよ!だから悪いことするな!」というようなことを言われたことはありませんか?

真実の瞬間に耳にする言葉とは、案外こういう系統の言葉なのかもしれませんね。

人間の能力

スペンサーGOとい決断を下せるのは、「人間だけ」だと思いました。

現代の人間同士の争いにおいて、生身の人間同士で戦う必要性はほとんどなくなってしまいました。

例えば、グローバル競争、経済制裁、ハッキング、SNSをつかった洗脳合戦、、などなど、あらゆる手段で戦争はおこなわれているからです。ドローンだって米国兵が戦争で命を落とさないために開発された技術です。

もしかするとあなたは、AI技術が進展すればいつかAIは人間を超えると勘違いしているかもしれません。

しかし残念ながら、テロに立ち向かうか、それとも逃げるか、その場で決断しなければいけないような時にAIはまったく役に立たないのです。

なぜならば、AIは不確定要素がたくさんあるところに、エイやっ!、で飛び込むようなことを不得意としているからです。

ひらたくいうならば、テロに立ち向かうか?逃げるか?の2択を与えられた時に、どちらを正解とするか合理的に答えを出すことはAIには難しいのです。

でも素晴らしいことに、人間にはそれができるのです。

正しいかわからないけどやってみよう。

うまくいくかわからないけどやってみよう。

とにかくやってみよう!

と意思決定することは、ロボットにはまねできない人間ならでは能力なんですね。

もし将来AIに仕事を奪われたくないなら、不確定要素にあふれた未来に「エイやっ!」で飛び込むしかないのだと思います。

ひらたくいえば、「道なき道を切り拓き続ける生き方」とでもいいましょうか。

もしあなたが「わたしはロボットでも奴隷でもない。入れ換え不可能な存在として自尊心をもって生きていきたい!」と思うなら、今こそ真実の声に耳を傾けるべきだと思いますよ?

最後に

さらに考察を深めてみると、特別な状況でなくても、わたしたちはいつだって「真実の瞬間」に向き合っているということに気づくことができます。

結婚するか結婚しないか?離婚するか離婚しないか?勉強するか勉強しないか?脱サラするかしないか?テレビを観るか寝るか??などなど、、、

いつだって真実の瞬間に向き合っているのです。

サッカー選手の本田圭祐選手がイタリアのACミランに移籍した時、移籍会見で記者から「なぜACミランを選んだのか?」と質問されて、「リトル・ホンダが選んだ」と回答した一幕がありました。

リトル・ホンダの声も、真実の瞬間に向き合った時に出会ったコトバだったのだと思います。

子どもは素直です。「好きなことはなに?」と質問すれば、あれもこれも好きなことを列挙することができます。

しかし大人になると、真実の瞬間から目をそむけることが癖になってしまいます。決断を先送りにして、なんとなく人生を送っている人も多いと思います。そうしているうちに、神の言葉(うちなる自分の意思)がわからなくなってしまうのです。

その証拠に、「あなた何がしたいの?」と質問しても、「う~ん、やりたいことですか?わかりません・・・」と弱弱しく答える大人は本当に多いです。

なんとなく人生に行き詰まり感に苦しんでいる人は、今こそ真実の瞬間に向き合うべきだと思います。

あなたは何をしたいのですか?あなたは何をしていると楽しいのですか?

昨日と同じような今日、今日と同じような明日を繰り返し続けることであなたは幸せになれるのですか?

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